短編小説:マルボロ

14

蛸ぎゃんぐはコブクロとカシュカシュのちょうど中間辺りにあるたこ焼き屋だ。
俺は蛸ぎゃんぐの扉を開けた。扉を開けるとすぐ右側に厨房があり、左側に大きな冷蔵庫がある。冷蔵庫と厨房を挟んだ真ん中には6人程が座れる小さなテーブル席があり、注文したたこ焼きを店内で食べる事もできる。厨房には外に面した大きな窓があり、持ち帰り客はその窓から注文するスタイルだ。

「おう、いらっしゃい」

厨房で暇そうに腕を組んでいたぽっちゃり体系の竹田が言った。

「おう、寒いな今日も」

「冬だからな。しかしまた珍しい時間に来たもんだな。既にアルコールは入っているんだろ?」

「ああ、顔に出てるか?」

「いや、適当だ。お前の場合、飲んでいない日 のほうが珍しいからな」

「なるほどね」

俺は大きな冷蔵庫からスーパードライの缶を1本手に取った。テーブル席には10代と見られる男が4人、先客として座っていた。

どいつもダボダボのジーンズとダボダボのトレーナーを着用し、一目で安物とわかるネックレスとピアスをしている。

この店にあるテーブルは1つだけ。こんなガキ共と相席になるのはごめんだが、立ったままビールを味わうのはもっとごめんだ。だから俺はガキ共に話しかけた。

「すまない、少し詰めてもらえるか?」

俺は笑顔で愛想よく話しかけたつもりだったが、こいつらには言葉が通じなかったらしい。

「あ?何だおっさん、いきなりよ」

初対面の、しかも目上の人間に対する言葉遣いかこれが。こんなガキ共がこれから 大人になっていくと思うと、日本ももうおしまいだ。

「日本語がわからないか、偏差値20以下」

「何わけのわかんねえ事言ってんだよおっさん。ぶっとばすぞ」

1人がそう言いながら立ち上がり、右手で俺の胸倉を掴んできた。俺はそいつの右手を左手で丁寧に払いのけ、持っているスーパードライの缶を開け、一口含み、体に流した。

「お前表に出ろや、おっさん」

胸倉を掴んできたバカが言った。こんなバカでも一応店への配慮はできるらしい。俺は心底関心した。

スーパードライをテーブルに置き、バカ4人と一緒に扉へと向かった。厨房で暇そうにしている竹田のほうを見ると「ご自由に」と言わんばかりの笑顔で見送ってくれた。少なくとも竹田はこのバカ共を庇う気はないらしい。

扉を出てすぐ、店内で俺の胸倉を掴んできたバカが口を開いた。

「おっさん、お前・・・」

俺はその瞬間右拳をこのバカの鼻へとねじ込んでやった。バカがその場に倒れうずくまり、両手で鼻を押さえながら足をバタバタしている。そのため、このバカが俺に何を言おうとしたのかは一生の謎だ。

すぐさまもう1人のバカが右拳を振り回しながら俺に飛び掛かってきた。俺はその右拳を左に避け、肝臓へ左拳をねじ込んでやった。バカは嘔吐し、膝から倒れ、もがいている。

残り2人のバカ共と目があった。どうやらこいつらは既に戦意を失っているらしい。

「あの、ほんと・・・」

戦意を失ったバカが俺に何か言おうとしたが、その言葉を聴く理由が俺にはない。俺は俺がしたい質問だけを一方的に投げかけた。

「お前ら、たこ焼き代は払ったのか?」

「あ、いえ、その、まだです」

「金払ってこいつら連れてとっとと帰れ」

「あ、はい。すいません」

俺は店内に戻り、再びテーブル席へ腰を下ろし、スーパードライの続きを味わった。

厨房の奥の大きな窓に目をやると、バカが一人金を払っている様子が見えた。バカ共に日本語が通じた事で、俺はここが日本である事を再認識できた。

戦意を失ったバカ2人が倒れているバカ2人を起こし、肩を貸すようにして帰って行った。

15

「すまなかったな」

俺は竹田に言った。

「とんでもない、見ていて楽しかったよ」

「もう来ないんじゃないか?あいつら。売り上げが下がってしまうな、本当にすまない」

「あいつらが来ても来なくても、売り上げに対した影響はないよ。いや、全くないな」

竹田は笑いながら言った後、言葉を続けた。

「いやな、ほんとはぶっとばしてくれて助かったんだよ。皆が皆お前みたいに不良上がりではないだろ」

「誰が不良上がりなんだよ」

「まあ聞けよ。実際あのガキ共の事を迷惑と思っている客は多いんだ。でもなかなか行動には移せない訳よ。時には常連客が飲んでいる途中であのガキ共が来て騒ぐから、常連客が帰ってしまう事もあるんだ。俺からしたら常連 客のほうがよっぽど大切よ。酒も飲んでくれるから売り上げも上がるしな」

「ならお前がぶっとばしてやれば良かったじゃないか」

「俺は立場上そうはいかないよ。まあ、今日お前が来てなかったとしても、近々お前に頼んでぶっとばして貰うつもりだったんだ。ありがとな」

竹田のこの言葉はどこまでが本心なのか俺にはわからなかった。しかし、この言葉のおかげで俺はこの先も竹田に気を遣わずにこの店に来る事ができそうだ。

俺はスーパードライを飲み干し、冷蔵庫へ向かい、新しいスーパードライを手に取り、テーブル席へ戻った。その時、俺の携帯が鳴った。前田からだった。

「申す申す、どうした」

「忙しい時にごめんよ。今何してる?」

「蛸ぎゃんぐにいるよ」

「あー、あのたこ焼き屋か。いやな、少し相談したい事があって。この後暇か?」

「この後は長野と飲む事になっているんだ。ほら、大スポの。まあ少し遅くなるかもしれないと言ってたから何時に合流できるかは未定だけどな。急ぎの相談か?」

「急ぎなんだ。今から少し、時間作れないか」

「ああ、少しなら大丈夫だが、お前今どこだ?」

「今ミナミにいるんだ」

「なるほど」

俺は合流場所と合流時間を伝え、携帯を閉じた。

「なんだ、急用か?」

竹田が言った。

「ああ、前田って覚えているだろ?以前ここに連れて来た」

「あの小さな出っ歯か」

「そうそう。そいつがな、俺に相談があるんだとよ」

「お前にねー。もっとましな相談相手はいないのか」

「うるさいよ」

「俺もお前ともう 少し話したかったが、また今度だな。ガキ共の件、ありがとな」

「いや、とんでもない。またゆっくりくるよ」

俺は金を払って店を出た。

16

午後6時、俺はミナミのゲームセンター前にある喫煙所でマルボロの煙を味わっていた。そこに、薄い緑色の上下の作業着に黒いジャンパーを羽織った前田が、ポケットから出した右手を振りながら小走りで俺のほうにやってきた。

「おう、ごめんな、忙しい時に」

前田が口に納まりきらない程の前歯を出したまま、俺に言った。おそらく、この先も一生上唇内へ収納できる日はこないのだろう。

「いや、別に。どうした?」

「立ち話もなんだからな。どこか入ろうか」

「酒は飲んでいいのか?」

「飲むなって言っても飲むだろ、どうせ。店は任せるよ」

どこに行こうか考えた結果、俺の脳はもう一度白子を味わいたいとの結論を出したようだ。俺は前田を連れ、この 日2回目のコブクロに向かった。

 

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