短編小説:マルボロ

50

トイレから帰って来た浜村に、俺は話しかけた。

「お前、ぼや騒ぎは誰から聴いたって?」

「ん?いきなりどうした?お前が来る前にいた客の話が聞こえたって言ったろ」

「お前、俺に何か嘘をついていないか?」

「ん?どういう事だ?」

「前に岡西と来た日、俺達が来るまで客は1人も来なかったんじゃないのか?」

「・・・ん?そんな訳ないだろ」

「昨日来た時、マスターがそう言ってたぞ」

「・・・あ、そうだ。客から聞いたのはお前が来た前日だ」

「前日だったら、まだぼや騒ぎは発生していないだろ」

「いや、夜中に来たんだよ、客が。ぼや騒ぎが発生した後に」

「それはおかしいだろ」

「いや、おかしくないよ。どうしたんだよ急に」

「お前、正直に言えよ、俺が優しく聴いているうちに」

「いや、だから、お前が来た前日に、1人で来た客が俺にそう言ったんだよ」

「お前、以前は客同士が話している会話が聞こえたって言ったなかったか?」

「だから、客同士が話していた後、1人で来た客も言ってたんだよ」

「お前、話が矛盾だらけだぞ」

「そんな事ないよ。お前が少し酔っているからだろ」

「じゃあ、マスターに聴くよ。厨房の奥にいるんだろ?呼んでくれ」

「いや、わかったよ。正直に話すよ。客から聞いたってのは嘘だ、すまん」

「何で俺にそんな嘘をつく」

「いや、あれだよ、ほら。よく言うじゃないか、ほら、その」

「全く意味がわからない」

「いや、すまん。気にするなよ」

「・・・お前、何か関与してるのか?」

「何にだよ」

「この件だ」

「この件て、俺はぼや騒ぎにも焼身事件にも関与なんてしてないよ」

「焼身事件?」

「ほら、この前、裏山で人が殺されたって事件だよ。焼き殺されたやつだよ」

「何で自殺じゃなくて他殺だと知っている」

「え?」

「・・・お前、か?」

「な、何がだよ」

「・・・お前が、やったのか?」

「だから、何がだよ」

「お前が殺したのかって聴いているんだよ!」

急に大声を出した俺に、浜村は一瞬ひるんだように見えたが、その瞬間浜村は形相を変え、右ポケットから出したナイフを手に持ち、俺の顔面に突き刺そうとした。

俺は、一瞬の出来事だったため、反応が遅れた。死んだと覚悟したその時、既に立ち上がっていた桐岡が、右の手刀でナイフを振り落とした。

さらに桐岡は両手をカウンターに乗せ、側転するように足を上げ、大きな弧を描きながら上げた右足を浜村の頭部へ振り下ろした。浜村はカウンター内でよろけ、桐岡はカウンター内に綺麗に着地した。

「助かったよ、クソ親友」

「お前な、ぼーっとし過ぎなんだよ、クソ親友」

「しかし、人間足であんなに綺麗な弧を描けるもんなんだな」

「まあな」

よろけた浜村が体勢を立て直し、左ポケットから出したもう1本のナイフを手に取って桐岡と向き合った。そのナイフは既に血のようなもので赤く染まっていた。

浜村は、よろけながら桐岡の顔面へナイフを突き出したが、桐岡はナイフを左に避け、右拳を浜村の顎にねじ込んだ。浜村は意識を失い、その場に倒れた。

「学生時代にお前から教わった、クロスカウンターだ」

右拳を俺に向けた桐岡が、笑顔で言った。

「ああ、綺麗だったよ」

立ち上がっていた俺は、すぐに携帯を取り出し、大道に電話をした。 
通報から約5分後、パトカーや他の警察とともに、大道が現れた。

51

俺は大道や他の警察に事の経緯をざっと話した。

一通り俺の話を聴き終えると、警察官の1人がバケツに溜めた水を勢いよく浜村の顔にかけ、浜村が目を覚ました。そして俺達の目の前で浜村は逮捕され、パトカーに乗せられた。

浜村がパトカーに乗せられた後、厨房でマスターの遺体が発見された。浜村が出した2本目のナイフが赤く染まっていたのは、おそらくマスターの血だったのだろう。

俺と桐岡も、別々のパトカーに乗せられ、警察署へ連れて行かれた。警察署でも別々の部屋でいくつか質問されたが、それほど長い時間はかからずに解放された。

その後大道から聴いた話によると、浜村は日頃のストレスからミナミに放火したらしい。その際に弟くんに見られたため、口封じのため殺そうと決意したようだ。

弟くんの殺害方法は、退院したところを背後から襲い、薬を染み込ませたガーゼのような物を口にあて、眠らせてから車に乗せた。そして裏山に運んで灯油をかけて火をつけたそうだ。

また、マスターの死因は刃物で10数ヶ所刺された事によるものだった。

死亡推定時刻からすると、マスターが殺されたのは俺と桐岡がシュプロスに入った30分程前だったらしい。動機は、弟くんの殺害に感づかれたような気がしたから、とのことだった。

これだけの事を、浜村はたった1人でやったのだ。

後日、岡西から聴いた話によると、他殺だと知っていたのは浜村から聴いたとのことだった。もしかすると、浜村は犯行を岡西に擦り付けるつもりだったのかもしれない。

52

浜村の逮捕から数日後、俺は久々にコブクロで飲んでいた。俺の左隣には岡西、さらにその左隣には竹田が座っている。みんな口数は少なく、淡々と酒を口に運んでいた。

「・・・しかし、まさかだったな」

竹田が言った。

俺はマルボロの火を消し、麦の水割りを一口流してから、重たい口を開いた。

「・・・ああ、ほんとにな。岡西、お前はどう思った?」

「・・・俺も、お前たちと同意見だ。きっと滝本もそうだろうよ」

「だよな・・・」

俺はふと前田の事が気になった。俺の脳内で再生された前田の顔も、はやり前歯は治まってはいなかった。

俺達がしんみりしていると、藤原さんがあん肝ポン酢を入れた小鉢を3つ、無言のまま俺たちの前に置いてくれた。

俺は箸を割り、力の無い声で藤原さんに言った。

「頂きます」

藤原さんは、無理して作ったような笑顔で、且つ静かな声で返事をくれた。

「おう」

藤原さんは今日も優しく、そして、あん肝は今日も旨かった。

あとがき

この話は俺の実話と俺の妄想が入り交じった世界の話である。

登場人物のほとんどは、実在する俺の知人や友人だ。
空想の人物を描こうとすると、どうしても矛盾が発生してしまうため、俺の作品には実在する人物を当てはめている。

その中でも、大道と竹田は実在する人物によく似ている。
大阪にある蛸ぎゃんぐ、これも実在するたこ焼き屋だ。味は俺が保証する。ぜひ一度、足を運んでいただければ大変嬉しい。

その他、カシュカシュやシュプロスも大阪で実在する(した)barである。
また、桐岡と会話をした「俺の拳とお前の蹴り、どっちが強いだろうな」も、学生時代の実話だ。

そんな桐岡は今、海外で通訳の仕事をしている。

とにかく、こんな俺の話に最後までお付き合いいただき、大変嬉しい。
本当に、ありがとうございました。

 

おすすめ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です