短編小説:マルボロ

物語の登場人物

俺    (22) ミナミの暇人
岡西   (24) 岡西運送の社長
滝本   (24) 岡西運送の社員
大道   (22) 大阪府警
長野   (22) 大スポの記者
前田   (22) 工場勤務
弟くん  (19) 前田の弟 フリーター
マスター (41) シュプロスのマスター
浜村   (24) シュプロスの店員
藤原さん (53) コブクロの店主
ノリ   (20) コブクロの店員
竹田   (24) 蛸ぎゃんぐの店主
難波さん (31) カシュカシュの店長
安岡   (28) おろろの店主
桐岡   (22) 阪大院生
諏訪亜希子(20) 阪大生
高畑みき (21) 美容師
みず   (19) フラワーのキャバ嬢 
あっちゃん(19) ツグミの店員
村上博子 (35) シリウスの元ホステス
おばちゃん(65)    ミッキーの店主

1

今から少し昔、ガラケーが最新の携帯と言われ、家庭用パソコンの殆どがADSL回線だった頃、俺はミナミをぶらぶらしていた。

2

ああ、今日も良い夜だ。なんて事を考えながら、ジャックダニエルを一口含み、ゆっくりと体に流した。店内の時計に目をやると、2時を少し過ぎていた。

「よく、飲んだな」

俺が座っているカウンター席の左隣で、今まで寝ていたはずの岡西が口を開いた。


「起きたのか?」


俺は質問をして後悔した。岡西は起きたから今こうして言葉を発したんだ。


「起きたよ。今何時だ?」


「2時過ぎだ」


「お前、まだ飲むのか?」


「そうだな。もう少しだけ飲むよ」


「そうか。じゃあ俺は先に失礼するわ。明日も早いんでな」


「わかった。気をつけてな」


岡西は半開きの眼を擦り、コートを羽織り、財布から取り出した一枚の札をカウンターに置いて出て行った。

3

「なんだ、岡西はもう帰ったのか?」

トイレから帰って来た浜村が言った。俺はマルボロに火をつけてから答えた。


「帰ったよ。つい今な」


「どんなタイミングで帰るんだよ、あいつは」


「あいつからしたら、どんなタイミングでトイレに行ってるんだよ。って思ったかもしれないぞ」


「それもそうだな。まだ飲むか?」


「ああ。ジャックダニエルをストレートで」


「かしこまり」


浜村は後を向き右手を伸ばした。伸ばした右手にジャックダニエルの瓶を持って、振り返り様言葉を発した。


「そういえばお前、カシュカシュってバーたまに行ってるよな?」


「たまにな。気でも悪くしたか?」


「いや、お前が他の店に行く事を止める権利は俺にはないよ」


「ごもっともだな。ならどうした?」


浜村はジャクダニエルを指四本分注いだタンブラーを俺の前に置き、言葉を続けた。


「昨日の夜中、ミナミでボヤ騒ぎがあっただろ。あれ、カシュカシュのすぐ近くらしいんだ」


「え、そうなのか」


「まあ厳密に言うと、カシュカシュやそこらの居酒屋が出しているごみが燃えたらしい」


俺はジャックダニエルを一口含み、ゆっくり体に流した後、マルボロの煙を味わいながら少し考えた。


「ん?何でごみが勝手に燃えるんだ?」


「それがな、どうやら放火らしいんだ」


浜村は急に小声になった。今この店に俺意外の客はいない。だから小声にする必要はないと思ったが、わざわざそれを口に出そうとは思わなかった。


浜村は小声のまま続けた。


「今日お前達が来る前に来ていた客が話してたんだ。別に盗み聞きするつもりはなかったんだが、ほら、この店狭いだろ。勝手に耳に入ってくるんだよ」


「なるほどね」


「で、お前、 次はいつカシュカシュに行くんだ?」


「特に予定は無いが、どうしてだ?」


「いや、少し気になってな。もし何か情報が入ったら教えてくれよ」


「ああ、わかった」


俺はジャックダニエルを飲み干しマルボロの火を消して立ち上がり、コートを着た。ふと岡西が置いた札を見ると、福沢諭吉でも新渡戸稲造でもなく、夏目漱石だった。


俺は金を払って店を出た。

4

外はかなり寒かった。夜空を見上げるとオリオン座のベテルギウスとおうし座のアルデバランが一段と輝いているように見えた。今日もこの2つは命を賭けた戦いを繰り広げているのだ。もう何万年、何億年と勝負のついていない戦いだ。この先もずっと勝負のつかない戦いをするのだろう。そんな2つとは正反対に、東の空にはカストルとポルックスが今日も仲良く並んでいる。

俺はコートのポケットに両手を突っ込み、背中を丸くして足早に家へと向かった。

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