短編小説:マルボロ

48

「おう、いらっしゃい」
シュプロスの扉を開けると、浜村の元気な声が店内に響いた。

「よう、久しぶりだな」

「ああ、ほんとにな。お前にしては珍しい」

「俺は昨日も来たんだけどな、お前がいなかったんだよ」

「そうなのか、申し訳ない」

「いいや、全く」

「だよな。で、何を飲む?」

「ジャックダニエル、ストレートで」

「かしこまり~」

浜村は後ろを向き、右手を伸ばしてジャックダニエルの瓶をとり、振り返ってからグラスに指4本分注ぎ、俺の前に置いた。

「あいよ、お待ち」

「ああ、ありがとう」

俺は右手でジャックダニエルを持ち、一口含んでからゆっくり体に流し、マルボロに火を付けた。肺に煙を入れると、程よくアルコールの酔いを感じた。

「ところで、あれからぼや騒ぎの件で何かわかったか?」

「まあ、色々とわかったが、まあ今度ゆっくり話すよ」

「そうか」

俺と浜村が会話をしていると、扉が開き、冷えた空気が店内に漂った。

「まいど、いらっしゃい」

「おう」

入って来た桐岡は、ポケットから出した右手を上げて浜村に答え、俺の右隣に腰を下ろした。

「寒かっただろ、夜中にすまないな」

俺はマルボロの煙を吐きながら桐岡に言った。

「まあ、寒かったけどな。寒さは別にお前のせいではない」

「ごもっともだね」

「ああ。すみません」

「あいよ」

「生ビール、お願いします」

「あいよ、喜んで」

まるで居酒屋のような接客をする浜村が、ビアグラスを手に取り、サーバーの前に移動し、丁寧にビールを注いだ。細かな泡が、美しかった。

「あいよ、お待たせ」

浜村は桐岡の前にグラスを置いた。

「ああ、ありがとう」

俺と桐岡は各々のグラスを持ち、軽く合わせてから各々の口へと運んだ。

49

「お前、かなり酔ってるか?」

口に付いた生ビールの泡をおしぼりで拭きながら桐岡が言った。

「ああ、そうだな。自分でもそう感じるよ」

「まあ、飲み過ぎには注意しろよ」

「ああ、ありがとな。ところで浜村、お前が何でぼや騒ぎの事を気にしてるんだ?」

「いや、気にしてる訳じゃないんだけどな」

なぜか急に小声になった浜村が話を続けた。

「ほら、前にも言っただろ、お前が来る前にいた客がその話で盛り上がっていたって」

「ああ、何かそんな事を言ってたな。岡西と来た日だよな?」

「そうだよ」

「そうか」

俺はアルコールが回っているせいか、話がよくわからなかった。だが、以前感じた違和感が俺の脳内で再び産声を上げた。俺は何かを知っているが、それが何なのかはわからない。

「すみません」

生ビールを飲み干した桐岡が言った。

「あいよ」

「生ビール、お願いします」

「あいよ、喜んで」

浜村はまたビアグラスを手に取り、サーバーの前へ移動した。

「しかしあれだな、お前はその色のシャツしか持っていないのか?」

「シャツ?ワイシャツか?」

「そうだよ」

「ワイシャツなら色々あるが、前もこの色だったか?」

「ああ、そんな感じの薄いブルーのワイシャツだったよ」

「そうか」

「まあ、あれか。お前がブルーのワイシャツを着てる日は、俺はお前に会うのかもな」

「なんだそれ」

「ジンクスみたいなもんだろ」

「ジンクス・・・」

「あいよ、お待たせ」

俺と桐岡の話に割って入るように、浜村が桐岡の前に生ビールを置いた。

「ありがとう」

「ちょっと俺、トイレに行ってくるわ」

生ビールを置いた浜村が、前掛けを外しながら言った。

「おう、手はちゃんと石鹸で洗えよ」

「当たり前だろ」

浜村は呆れた様子で言い残してから、トイレへと立った。

浜村がトイレに立った直後、産声を上げていた違和感の正体がはっきりとわかった。その瞬間、俺の酔いは一気に覚めていった。

「おい、クソ親友」

「なんだよ、クソ親友。急に酔いが覚めたような目をして」

「覚めた。俺はこれから少し面倒な話をするかもしれないが、お前はじっと見守っていてくれ」

「なんだかよくわからないが、わかったよ」

「あと、できればアルコールはその一杯で切り上げてくれ」

「あ?お前が誘っておきながら。まあいい。わかったよ」

「すまんな、クソ親友」

「お前はほんと、クソみたいなクソ親友だよ」

 

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