短編小説:マルボロ
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「おう、いらっしゃい」
シュプロスの扉を開けると、浜村の元気な声が店内に響いた。
「よう、久しぶりだな」
「ああ、ほんとにな。お前にしては珍しい」
「俺は昨日も来たんだけどな、お前がいなかったんだよ」
「そうなのか、申し訳ない」
「いいや、全く」
「だよな。で、何を飲む?」
「ジャックダニエル、ストレートで」
「かしこまり~」
浜村は後ろを向き、右手を伸ばしてジャックダニエルの瓶をとり、振り返ってからグラスに指4本分注ぎ、俺の前に置いた。
「あいよ、お待ち」
「ああ、ありがとう」
俺は右手でジャックダニエルを持ち、一口含んでからゆっくり体に流し、マルボロに火を付けた。肺に煙を入れると、程よくアルコールの酔いを感じた。
「ところで、あれからぼや騒ぎの件で何かわかったか?」
「まあ、色々とわかったが、まあ今度ゆっくり話すよ」
「そうか」
俺と浜村が会話をしていると、扉が開き、冷えた空気が店内に漂った。
「まいど、いらっしゃい」
「おう」
入って来た桐岡は、ポケットから出した右手を上げて浜村に答え、俺の右隣に腰を下ろした。
「寒かっただろ、夜中にすまないな」
俺はマルボロの煙を吐きながら桐岡に言った。
「まあ、寒かったけどな。寒さは別にお前のせいではない」
「ごもっともだね」
「ああ。すみません」
「あいよ」
「生ビール、お願いします」
「あいよ、喜んで」
まるで居酒屋のような接客をする浜村が、ビアグラスを手に取り、サーバーの前に移動し、丁寧にビールを注いだ。細かな泡が、美しかった。
「あいよ、お待たせ」
浜村は桐岡の前にグラスを置いた。
「ああ、ありがとう」
俺と桐岡は各々のグラスを持ち、軽く合わせてから各々の口へと運んだ。
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「お前、かなり酔ってるか?」
口に付いた生ビールの泡をおしぼりで拭きながら桐岡が言った。
「ああ、そうだな。自分でもそう感じるよ」
「まあ、飲み過ぎには注意しろよ」
「ああ、ありがとな。ところで浜村、お前が何でぼや騒ぎの事を気にしてるんだ?」
「いや、気にしてる訳じゃないんだけどな」
なぜか急に小声になった浜村が話を続けた。
「ほら、前にも言っただろ、お前が来る前にいた客がその話で盛り上がっていたって」
「ああ、何かそんな事を言ってたな。岡西と来た日だよな?」
「そうだよ」
「そうか」
俺はアルコールが回っているせいか、話がよくわからなかった。だが、以前感じた違和感が俺の脳内で再び産声を上げた。俺は何かを知っているが、それが何なのかはわからない。
「すみません」
生ビールを飲み干した桐岡が言った。
「あいよ」
「生ビール、お願いします」
「あいよ、喜んで」
浜村はまたビアグラスを手に取り、サーバーの前へ移動した。
「しかしあれだな、お前はその色のシャツしか持っていないのか?」
「シャツ?ワイシャツか?」
「そうだよ」
「ワイシャツなら色々あるが、前もこの色だったか?」
「ああ、そんな感じの薄いブルーのワイシャツだったよ」
「そうか」
「まあ、あれか。お前がブルーのワイシャツを着てる日は、俺はお前に会うのかもな」
「なんだそれ」
「ジンクスみたいなもんだろ」
「ジンクス・・・」
「あいよ、お待たせ」
俺と桐岡の話に割って入るように、浜村が桐岡の前に生ビールを置いた。
「ありがとう」
「ちょっと俺、トイレに行ってくるわ」
生ビールを置いた浜村が、前掛けを外しながら言った。
「おう、手はちゃんと石鹸で洗えよ」
「当たり前だろ」
浜村は呆れた様子で言い残してから、トイレへと立った。
浜村がトイレに立った直後、産声を上げていた違和感の正体がはっきりとわかった。その瞬間、俺の酔いは一気に覚めていった。
「おい、クソ親友」
「なんだよ、クソ親友。急に酔いが覚めたような目をして」
「覚めた。俺はこれから少し面倒な話をするかもしれないが、お前はじっと見守っていてくれ」
「なんだかよくわからないが、わかったよ」
「あと、できればアルコールはその一杯で切り上げてくれ」
「あ?お前が誘っておきながら。まあいい。わかったよ」
「すまんな、クソ親友」
「お前はほんと、クソみたいなクソ親友だよ」