短編小説:マルボロ
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「いらっしゃい」
カシュカシュの扉を開けると、磨いていた富士山麓のボトルを置いた難波さんが、優しい笑顔で出迎えてくれた。
「どうも」
俺は少し頭を下げながら言った後、コートを脱いでカウンターの一番奥の席に腰を下ろした。
俺に続いて、長野も俺の左隣に腰を下ろした。
カウンターの中から、おしぼりを渡してくれた難波さんが言った。
「一杯目は、何を召されますか?」
「ルート5、お願いします」
「・・・富士山麓ですね」
難波さんは苦笑いを浮かべながら言った後、言葉を続けた。
「飲み方は、いかがなさいますか?」
「俺はストレートでお願いします。長野、お前はどうする?」
「僕はソーダ割でお願いします」
「承知しました」
難波さんは、カウンター内の中央へと戻っていった。
「お前、腹は減っているか?」
手を拭いたおしぼりを置いた長野が、口を開いた。
「ああ、少しな」
「じゃあ、適当に頼むか。何でもいいだろ?」
「いいよ、何でも」
「お待たせいたしました」
俺達の会話の邪魔にならないよう、難波さんが優しい声で言った。
「富士山麓のストレートと、ソーダ割です」
「どうも」
俺達はグラスを持ち、軽く合わせてから各々の口へと運んだ。
「すみません」
グラスを置いた長野が言った。
「はい、何でしょう」
「3種の生ハムと、チーズの味噌漬け、砂肝のオリーブ煮を、お願いします」
「承知しました」
難波さんは優しい笑顔で言った後、厨房へオーダーを通しに行った。
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お互い富士山麓は2杯で切り上げ、俺はジンをベースにした難波さんオリジナルカクテル、長野は麦の水割りを飲みながら、生ハムとチーズを味わっていた。その時、店の扉が開き、店内に冷たい空気が漂った。入口のほうを見ると、安岡がゆっくりと近づいてきた。
「おう、思ってたより早かったな」
「ああ、片付けるだけだったからな」
「いらっしゃいませ」
難波さんが渡したおしぼりを受け取りながら、安岡は長野の左隣に腰をおろした。
「一杯目は、何を召されますか?」
「生ビール、お願いします」
「承知しました」
難波さんは頭を下げてから、カウンター内の中央へ戻って行った。
「しかし、久々だな、お前達と飲むのも」
おしぼりを手に取りながら安岡が言った。
「ああ、ほんとだな。長野とはよく飲むんだけどな」
「ところで、竹田はいつから営業を再開するんだ?」
「詳しくは聴いてないな」
「そうか」
「何かあったのか?」
「いや、入院中一度も見舞いに行っていないからな、営業が再開したら会いに行こうと思ってよ」
「なるほどねえ」
長野を間に挟み俺と安岡が話をしていると、難波さんが生ビールと砂肝のオリーブ煮を持って来てくれた。
「お待たせいたしました」
「どうも」
俺達は各々のグラスを持ち、軽く合わせてから各々の口へとグラスを運んだ。
それからしばらくの間、酒を片手に政治や経済について語り合った。
俺にとってこの時間は、非常に楽しいひと時だった。
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午前1時、長野と安岡が帰ると言ったため、俺達は金を払って店を出た。店を出るなり、長野と安岡はそれぞれの自宅の方へ向かって帰って行った。
俺はまだ飲み足りなかったが、1人で飲む気分ではない。よく冷える真冬の夜中に、1人でオリオン座を見つめながら、携帯を耳にあて桐岡に発信した。
「なんだよ」
「おう、起きてたか」
「ああ。で、なんだよ」
「今から少し、飲まないか」
「お前はほんと、いつも急だな」
「ああ、迷惑か?クソ親友」
「んな訳ないだろ、クソ親友」
「そうか」
「で、どこに行けばいい」
「そうだな、じゃあ、シュプロスにしよう」
「相変わらず、センスがいいな、クソ親友」
「当たり前だ。じゃあ、店で待ってるよ、クソ親友」
俺は携帯を閉じてポケットに直し、両手をコートのポケットに突っ込み、背中を丸くしてシュプロスへと向かった。
夜空を見上げると、今日もベテルギウスは赤く輝いていた。