短編小説:マルボロ

5

俺が住んでいる家はミナミに建つマンションの7階にある。

今日も俺は土足のまま家へ上がり、散乱したウィスキーの瓶やカップラーメンの容器、これでもかと膨れ上がった複数のごみ袋を足で払い退けながら風呂場へ向かった。浴槽に湯を落としてから、土足のまま部屋へと向かった。

部屋に入るとこたつの前に座り、マルボロに火をつけ、こたつの上に置いてあるニッカの瓶をそのまま口に付け一口含んだ。ゆっくりと体に流してから、マルボロの煙を味わった。

ふと浜村が言っていた放火が気になり、大道に電話をしてみた。


8回コール音がした後、只今電話に出る事ができません、とのアナウンスが流れた。もう夜中の3時。普通の人間であれば眠っている時間だ。

俺はマ ルボロの火を消し、靴を脱いで服を脱ぎ、そしてもう一度靴を履いて風呂場へと向かった。風呂場の前で靴を脱ぎ、湯船に体を沈ませた。


6

俺は携帯の鳴る音で目が覚めた。大道からだった。

「どうした?」


「どうしたって、お前が夜中に電話をかけてきたんだろ」


「あ、そうだったな。いやな、お前一昨日のミナミの放火について何か知ってるか?」


「ああ、あれか。生憎俺は管轄外だ。全く関与してないよ」


「そうなのか」


「何かあったのか」


「いや、少し気になってな。お前なら何か知ってるかと思ってよ」


「そうか。まあ何か情報が入ったら連絡してやるよ」


「助かる、ありがとう」


俺は電話を閉じ、ベッドからこたつの前に移動し、マルボロに火をつけた。時計を見るとちょうど11時だった。


マルボロの煙を味わってから、靴を履き洗面所へと向かった。顔を洗い歯を磨き寝ぐせを直し 、部屋に戻ってジャージに着替え、コートを羽織って家を出た。

7

俺が住んでいるマンションの一階には、ツグミと言う喫茶店がある。禁煙席はなく、分煙もされていない。入り口には、読売、毎日、朝日、産経、日経の5紙と、デイリー、サンスポ、日刊の3紙のスポーツ紙が置いてある。俺は読売新聞を手に取り、窓際のテーブル席へ座った。

「おはようございます。昨日も飲んでいたんですか?」


おしぼりを持って来たあっちゃんが言う。


「そうだよ。飲んでいない日を探すほうが難しいよ」


「あたしも20歳になったら連れて行ってくださいね」


「ああ、気が向いたらな」


「はいっ」


あっちゃんは右手をおでこに当て、敬礼のような仕草で返事をする。あっちゃんは色白で明るく、人懐っこい。実際、この子のおかげで常連客が離れ ず、店が潰れずに済んでいると言っても過言ではない。


「ご注文はお決まりですか?」


「いつもので」


「かしこまりましたー!」


あっちゃんは再び右手をおでこに当て、元気よく返事をしてから厨房へオーダーを通しに行った。


俺はマルボロに火を付けてから新聞を広げ、地域欄に目をやった。ミナミの放火について書かれている記事を読んだ。


[ミナミの居酒屋密集地のゴミ置き場から出火!放火の可能性大!警察は聞き込み調査と周辺の防犯カメラの分析を行い、犯人特定を急いでいる]

との内容だった。たかがボヤ騒ぎに警察が全力で犯人を追うのかは別として、現時点で有力な情報は得ていないと言う事なのだろう。俺は新聞を畳み、マルボロの煙を味わった。

マルボロが短くなった頃、あっちゃんが注文した品を持って来てくれた。


「お待たせしましたー。シングルモルトのロックとたまごサンドと朝のサラダでーす」


「ああ、ありがとう」


「ちなみにたまごサンドのパンはあたしが焼きましたー」


あっちゃんは「ししし」と言うような表情で、嬉しそうに言う。


「そうなのか。ありがとな」


「はいっ!ごゆっくり!」


あっちゃんは三度右手をおでこに当ててから、厨房へと帰って行った。


通常、この店のサンドウィッチのパンは焼かれていない。俺は焼いたパンが好きなので、必ず焼いてもらう。おそらくこの店に来る客でサンドウィッチのパンを焼いてくれと注文しているのは俺ぐらいだろう。


短くなったマルボロの煙を味わい、火を消し、煙を吐 いてからシングルモルトを一口含み、ゆっくりと体に流し、たまごサンドとサラダを胃に放り込んだ。

うまかった。

8

家に帰った俺は、土足のまま部屋へと上がった。
部屋の中で靴とジャージを脱ぎ、黒のワイシャツに袖を通し、赤いネクタイを結び、紺のカルバン・クラインを着用し、コートを羽織り、靴を履いた。そして昨日まで着用していたワイシャツやスーツ、下着類を詰め込んだゴミ袋を両手に持ち、家を出た。

俺が住んでいるマンションの隣にあるクリーニング店、ミッキーにゴミ袋を預けた。

「あらー、また今日もえらいようさん溜め込んだね」


おばちゃんは言った。


「はい。迷惑かけて申し訳ないです」


「迷惑な事あるかいな。あんたが来てくれるから店閉めんと頑張れるようなもんだ」


「そうですか」


「そうよー。だって、ほら、別にもう年金も貰い始めたし、 仕事も辞めてええかな、って思いよったんよ」


「はあ」


「したけど、ほら、あんたが毎週大量に持って来てくれるでしょ。ほしたらやっぱり、辞める訳にはいかん思うて。ほら、働いてるほうが元気よ、年寄りはみんな」


「そうですか」


「そうよ。ところであんた、何でいっつもスーツよ」


「いや、こだわりと言うかなんと言うか。スーツが好きなんです」


「そうかそうか。で、これいつ取りにくる?」


「いつ仕上がりますか?」


「あんたに合したるでよ。別に、今日の夕方がええってんなら、今日仕上げるし、明日でもええってんなら、明日仕上げるし」


「じゃあ明日でお願いします。明日の夕方、取りにきます」


「あい、わかった。あんた、どうせ今からまたミナミ行くんやろ、最近 物騒やから、気つけてな」


「気をつけます。ありがとう」


俺は金を払って店を出た。

 

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