トイレから帰って来た浜村に、俺は話しかけた。
「お前、ぼや騒ぎは誰から聴いたって?」
「ん?いきなりどうした?お前が来る前にいた客の話が聞こえたって言ったろ」
「お前、俺に何か嘘をついていないか?」
「ん?どういう事だ?」
「前に岡西と来た日、俺達が来るまで客は1人も来なかったんじゃないのか?」
「・・・ん?そんな訳ないだろ」
「昨日来た時、マスターがそう言ってたぞ」
「・・・あ、そうだ。客から聞いたのはお前が来た前日だ」
「前日だったら、まだぼや騒ぎは発生していないだろ」
「いや、夜中に来たんだよ、客が。ぼや騒ぎが発生した後に」
「それはおかしいだろ」
「いや、おかしくないよ。どうしたんだよ急に」
「お前、正直に言えよ、俺が優しく聴いているうちに」
「いや、だから、お前が来た前日に、1人で来た客が俺にそう言ったんだよ」
「お前、以前は客同士が話している会話が聞こえたって言ったなかったか?」
「だから、客同士が話していた後、1人で来た客も言ってたんだよ」
「お前、話が矛盾だらけだぞ」
「そんな事ないよ。お前が少し酔っているからだろ」
「じゃあ、マスターに聴くよ。厨房の奥にいるんだろ?呼んでくれ」
「いや、わかったよ。正直に話すよ。客から聞いたってのは嘘だ、すまん」
「何で俺にそんな嘘をつく」
「いや、あれだよ、ほら。よく言うじゃないか、ほら、その」
「全く意味がわからない」
「いや、すまん。気にするなよ」
「・・・お前、何か関与してるのか?」
「何にだよ」
「この件だ」
「この件て、俺はぼや騒ぎにも焼身事件にも関与なんてしてないよ」
「焼身事件?」
「ほら、この前、裏山で人が殺されたって事件だよ。焼き殺されたやつだよ」
「何で自殺じゃなくて他殺だと知っている」
「え?」
「・・・お前、か?」
「な、何がだよ」
「・・・お前が、やったのか?」
「だから、何がだよ」
「お前が殺したのかって聴いているんだよ!」
急に大声を出した俺に、浜村は一瞬ひるんだように見えたが、その瞬間浜村は形相を変え、右ポケットから出したナイフを手に持ち、俺の顔面に突き刺そうとした。
俺は、一瞬の出来事だったため、反応が遅れた。死んだと覚悟したその時、既に立ち上がっていた桐岡が、右の手刀でナイフを振り落とした。
さらに桐岡は両手をカウンターに乗せ、側転するように足を上げ、大きな弧を描きながら上げた右足を浜村の頭部へ振り下ろした。浜村はカウンター内でよろけ、桐岡はカウンター内に綺麗に着地した。
「助かったよ、クソ親友」
「お前な、ぼーっとし過ぎなんだよ、クソ親友」
「しかし、人間足であんなに綺麗な弧を描けるもんなんだな」
「まあな」
よろけた浜村が体勢を立て直し、左ポケットから出したもう1本のナイフを手に取って桐岡と向き合った。そのナイフは既に血のようなもので赤く染まっていた。
浜村は、よろけながら桐岡の顔面へナイフを突き出したが、桐岡はナイフを左に避け、右拳を浜村の顎にねじ込んだ。浜村は意識を失い、その場に倒れた。
「学生時代にお前から教わった、クロスカウンターだ」
右拳を俺に向けた桐岡が、笑顔で言った。
「ああ、綺麗だったよ」
立ち上がっていた俺は、すぐに携帯を取り出し、大道に電話をした。
通報から約5分後、パトカーや他の警察とともに、大道が現れた。
俺は大道や他の警察に事の経緯をざっと話した。
一通り俺の話を聴き終えると、警察官の1人がバケツに溜めた水を勢いよく浜村の顔にかけ、浜村が目を覚ました。そして俺達の目の前で浜村は逮捕され、パトカーに乗せられた。
浜村がパトカーに乗せられた後、厨房でマスターの遺体が発見された。浜村が出した2本目のナイフが赤く染まっていたのは、おそらくマスターの血だったのだろう。
俺と桐岡も、別々のパトカーに乗せられ、警察署へ連れて行かれた。警察署でも別々の部屋でいくつか質問されたが、それほど長い時間はかからずに解放された。
その後大道から聴いた話によると、浜村は日頃のストレスからミナミに放火したらしい。その際に弟くんに見られたため、口封じのため殺そうと決意したようだ。
弟くんの殺害方法は、退院したところを背後から襲い、薬を染み込ませたガーゼのような物を口にあて、眠らせてから車に乗せた。そして裏山に運んで灯油をかけて火をつけたそうだ。
また、マスターの死因は刃物で10数ヶ所刺された事によるものだった。
死亡推定時刻からすると、マスターが殺されたのは俺と桐岡がシュプロスに入った30分程前だったらしい。動機は、弟くんの殺害に感づかれたような気がしたから、とのことだった。
これだけの事を、浜村はたった1人でやったのだ。
後日、岡西から聴いた話によると、他殺だと知っていたのは浜村から聴いたとのことだった。もしかすると、浜村は犯行を岡西に擦り付けるつもりだったのかもしれない。
浜村の逮捕から数日後、俺は久々にコブクロで飲んでいた。俺の左隣には岡西、さらにその左隣には竹田が座っている。みんな口数は少なく、淡々と酒を口に運んでいた。
「・・・しかし、まさかだったな」
竹田が言った。
俺はマルボロの火を消し、麦の水割りを一口流してから、重たい口を開いた。
「・・・ああ、ほんとにな。岡西、お前はどう思った?」
「・・・俺も、お前たちと同意見だ。きっと滝本もそうだろうよ」
「だよな・・・」
俺はふと前田の事が気になった。俺の脳内で再生された前田の顔も、はやり前歯は治まってはいなかった。
俺達がしんみりしていると、藤原さんがあん肝ポン酢を入れた小鉢を3つ、無言のまま俺たちの前に置いてくれた。
俺は箸を割り、力の無い声で藤原さんに言った。
「頂きます」
藤原さんは、無理して作ったような笑顔で、且つ静かな声で返事をくれた。
「おう」
藤原さんは今日も優しく、そして、あん肝は今日も旨かった。
完
登場人物のほとんどは、実在する俺の知人や友人だ。
空想の人物を描こうとすると、どうしても矛盾が発生してしまうため、俺の作品には実在する人物を当てはめている。
その中でも、大道と竹田は実在する人物によく似ている。
大阪にある蛸ぎゃんぐ、これも実在するたこ焼き屋だ。味は俺が保証する。ぜひ一度、足を運んでいただければ大変嬉しい。
その他、カシュカシュやシュプロスも大阪で実在する(した)barである。
また、桐岡と会話をした「俺の拳とお前の蹴り、どっちが強いだろうな」も、学生時代の実話だ。
そんな桐岡は今、海外で通訳の仕事をしている。
とにかく、こんな俺の話に最後までお付き合いいただき、大変嬉しい。
本当に、ありがとうございました。