短編小説:マルボロ

41

目が覚めた俺は、こたつの前に座り、マルボロに火をつけた。携帯に目をやると、また長野から着信があった。俺はマルボロの煙を味わいながら、長野に発信した。

「よう、やっと起きたのか」

ぶっきらぼうに長野が言った。時計に目をやると、1時を少し過ぎていた。

「ああ、申し訳ない。夜中に着信に気づいたんだけどな、時間も時間だからかけ直すのをやめたんだ」

「へー、お前にもそれくらいの配慮はできるのか」

「一応な。で、どうした?」

「お前、今晩暇か?」

「まあ特に予定はないな」

「だろうな」

「だろうなって何だよ」

「とりあえず、一杯付き合え。お前に話したい事がある」

「そうなのか、わかった」

「午後6時におろろでどうだ?」

「ああ、問題ない」

「じゃあ、よろしく」

「あいよ」

俺は携帯を閉じ、マルボロの火を消してニッカを一口体に流した。

長野との待ち合わせまで約4時間。

さて、もう一眠りするとしよう。

俺はこたつで横になり、ゆっくりと目を閉じた。

42

午後6時前、薄い青のワイシャツに袖を通し、青のネクタイを結び、紺のカルバン・クラインに身を包み、コートを羽織った俺はおろろの扉を開けた。

手前のカウンター席に座っていた中年カップルの後ろを通り、カウンターの一番奥で既に生ビールを飲み始めていた長野の右隣に立ち、言葉を発した。

「よう。寒いな、今日も」

「ああ、冬だからな」

コートを脱いで長野の右隣に腰をおろした時、カウンター席の中にある厨房から、おしぼりと付きだしを渡してくれた安岡が言った。

「いらっしゃい」

「おう」

「一杯目は?」

「生ビール、お願いします」

本日の付きだしは、いわしの甘辛煮だ。小鉢のふちには、ゆず胡椒が添えてある。早速俺は箸を割りいわしを一口口に運んだ。うまかった。

「うまいよな、これ」

長野が言った。

「ああ、うまい。いわしって、この季節か?」

「マイワシは秋までだが、ウルメイワシはこの季節のはずだ」

「へー、物知りだねえ」

「あいよ、お待たせ」

安岡が生ビールを置いてくれた。

俺と長野はそれぞれの生ビールを持ち、軽く合わせてから口へと運んだ。

「注文は?また後で聴こうか?」

「そうだな。また適当なタイミングで言うよ」

「了解。ところで、竹田は大丈夫そうか?」

「ああ、順調に回復している。まだ営業はできないみたいだけどな」

「そうか。まあ、回復してるならよかったよ」

安岡は厨房の奥へと消えて言った。

「で、話って何だ?」

俺は長野に訪ねた。

「お前、正直どこまで知っている」

一瞬長野の言っている意味がわからなかったが、おそらく弟くんの事件の事だろう。俺は当たり障りのない返事をした。

「焼身自殺の事か?」

「自殺、ねえ」

長野は生ビールを一口体に流してから、メニューを開き、一旦話を終わらせるような口調で言葉を続けた。

「お前、腹は減っているのか?」

「まあ、それなりにな」

「そうか。すみません」

長野が安岡に声をかけた。

「あいよ、すぐ伺います」

元気な声が響いてすぐ、安岡が注文を聴きに来た。

「揚げ物、お願いします。うまいやつ」

「何でもいいのか?」

「うまけりゃなんでもいい。まあお前の料理は何でもうまいからな」

「じゃあ、ウツボを唐揚げにしてやる。淡白だが塩に合ってうまいぞ」

「ほう、いいな。あと、刺身もお願いします」

「魚か?貝か?」

「うーん、貝の気分だな」

「じゃあ、はまぐりだな。新鮮なやつが入ってる。うまいぞ」

「ほーう、いいねえ。お願いします」

「あいよ」

安岡は、再び厨房の奥へと消えていった。

43

しばらくの間、俺と長野はこれと言った会話をする事もなく、酒と料理を味わった。

お互いが麦の水割りに切り替えた時、安岡が水割りと一緒に、パン耳の春巻き風自家製タルタルソース添えを置いてくれた。

「お前ら、これ好きだろ」

安岡が言った。ほどよく酒が回っている俺は、ろれつの回らない声で答えた。

「ああ、ありがとな」

「おう。まあ、ゆっくりしていってくれ」

安岡はまた厨房の奥へと消えて行った。

この店のタルタルソースは、ピクルスの代わりにしば漬けを使っている。しば漬けの風味がマヨネーズによく合い、且つさっぱりしているため、いくら食べても胃もたれしない。酒飲みにはうってつけのあてだ。

早速俺は、タルタルソースをたっぷり付けた春巻きを口に運んだ。うまかった。
箸を置いた俺は、水割りを一口体に流した後、長野に訪ねた。

「で、何なんだよ」

「ああ、その話な」

長野は右手に持った水割りを一口体に流し、ゆっくりと言葉を続けた。

「もう一度聴くが、お前、どこまで知っている」

ふと長野に目をやると、表情にいつものような暖かみはなく、どこか冷たい目をしていた。

「だから、焼身自殺の事か?」

「自殺、ねえ・・・。あれ、他殺か?」

一瞬俺の体に寒気が走った。

「なぜそう思うんだ?」

「昨日、いや、一昨日か。岡西から聴いたよ」

大道の話では、この事件が他殺の恐れがあるって事は警察と親族、あとは俺しか知らないはずだ。厳密には藤原さんとノリも知っているが、あの2人が他言するとは考えにくい。

俺はあえて一度聞き返した。

「岡西から?」

「ああ。一昨日岡西と滝本と3人で飲んでいたんだ。滝本がトイレに立った時、岡西が言っていた。と言うより、口をすべらせた感じだったな」

「岡西はどんな感じで、どんな口調で言ってたんだ?」

「あいつも俺も、結構酒が回っていたからな。口調なんかは覚えていないが、他殺の恐れがあると言っていたのは間違いない」

「そうなのか」

「で、お前は一体どこまで知っている」

「俺は、他殺の可能性があるかもしれないって事は知ってたよ」

「・・・大道からの情報か?」

「・・・」

「そうか・・・。お前な、何で俺にそれを話さない?」

「ちょっと待て、聴かれて嘘はつかないが、わざわざ俺からは言わないよ。お前もそうだろ?」

「なるほど、確かにな」

「お前はこの事は上司や同僚に伝えたのか?」

「伝える訳ないだろ。伝えるにしても、お前の意見を聴いてからだと決めていた」

「そうなのか。じゃあ、この件は伝えないでくれ」

「どうして?」

「この件を他殺だと知っているやつ、それが犯人だと俺は思っている。お前が上司に伝えて記事になったら、犯人特定が非常に難しくなる」

「何でお前が犯人特定に力を貸すんだよ」

「・・・お前、涙目の友達から頭を下げられても、知らないふりをするか?」

「・・・なるほど、前田から頼まれたのか」

「まあな」

「わかったよ。この話は、これでおしまいだ」

「恩にきる」

それから、俺と長野は無言のまま酒と料理を味わった。ふと隣に目をやると、いつの間にか中年カップルは消えていた。

水割りを持ち上げたまま、長野が口を開いた。

「犯人は・・・岡西・・・か?」 

俺はマルボロに火をつけ、肺に入れた煙を出してから、口を開いた。

「そんな訳ないだろ」

「そうだよな」

マルボロの煙が薄くなった時、長野から深いため息が聞こえた。

44

店内の時計に目をやると、10時を少し過ぎていた。

4時間以上飲んでいたが、食べたものはいわしとウツボ、はまぐりとパン耳だけだった。

皿に残っていた最後のウツボを口に入れ、10回ほど噛んだ長野が、水割りを一口体に流してから言葉を発した。

「お前、まだ飲むか?」

「そうだな。もう少し、飲みたい気分だな」

「なら、ここから近いし、カシュカシュにでも行こうか」

「カシュカシュか、それもいいな」

「お前が記憶を失って以来だな」

「もうそれはいいだろ」

「そうだな。安岡、ご馳走さま」

「おう、まいど。これからカシュカシュに行くのか?」

「ああ、そう言う事になった。お前もどうだ?」

「そうだな。お前達とも久しく飲んでいないしな。片付けが終わったら向かうよ」

「おう、待ってる」

「あいよ」

俺と長野は金を払って店を出た。

 

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