手始めに、どれ程の力と柔軟性があるのか試すことにした。練習場所は、いつもの場所である。
空手ボーイAは期待と緊張が混じったような面持ちだった。誰にでも、いくつになっても「初めて」の経験はある。
私は彼に連続で何回まで拳立て伏せができるか、土の上でやらせてみた。
「ほな、拳立てやってみい」
「はい、センセイ」
30回もできれば上出来だと思っていたが、彼は平然と50回もやってのけた。
「砂利よ、拳はべっちょないんけ?」
私が聞くと、
「家ではコンクリートの上でやっていました」
と空手ボーイA。
ザンビアの家は、基本的に床はコンクリートでできていた。畳や木の床は、まず見たことがない。
それにしても、柔らかい畳の上でさえ、拳立て伏せをすると拳は痛い。いきなりレベルの高いところから始めていたとは、思ってもみなかった。
次に開脚をさせてみた。
格闘技において柔軟性は最も重要な要素。仮に同じ体格、体重、筋力を持った人間がいたとして、柔軟性がある方の破壊力は、ない方に比べると遥かに強い。
ストレッチは基本中の基本だが、それ故にサボってしまう人は多い。従って、彼もせいぜい開脚できて150度くらいが限界だろうと思っていた。
「ほな、次は開脚やってみい」
「こうですか、センセイ?」
眼の前から、空手ボーイAが消えた。その場で開脚し、地面へと急降下していたらしい。
……180度だった。
彼の両足は左右一直線に開かれていた。相当の痛みを乗り越えなければ、たどり着けない柔軟性。本当によく努力したなと感心した。
アインシュタイン曰く
「天才とは、努力する凡才のことである」
Genius is the man of average ability who makes an effort.
とある。またしても平然と想像以上の実力見せつけてきた。私は嬉しかった。まるでダイヤモンドの原石を見つけたような気持ちだった。
その日から彼も練習に加わった。練習時間は1日30分から1時間だった。練習日は、特に決まっていなかった。お互いに時間のあるときに練習した。
彼らの本業は学業。私の本職はあくまで理科教師だった。
それに私は空手を教えられる資格は持っていない。ただ知っていることを共有していたに過ぎない。
練習では、必ずストレッチはするようにしていた。下の写真がその例。
練習着はおろか、防具も何もなかった。練習はいつも学校の制服か私服だった。強くなると決めた漢達には、それで十分だった。誰一人として、文句一つ言わなかった。
練習は和気あいあいとしたものではなかった。弱音を吐けば、私の蹴りが飛んできた。
防具は無かったが、素手で戦わせた。相手への尊敬と感謝を拳に込めて、真心で打たせた。全身の痛みは、弱さだと教えた。
そしてどれほど強くなろうとも、痛みが消えることはないと。痛みを知っているからこそ、強くなれるのだと。
しかし、そんな練習でも空手ボーイズは喜んで参加してくれた。
そして空手ボーイズに口酸っぱく言っていたことがある。それは
「空手は身を守るためのもの」
であるということ。自分から相手を傷つけるために使ってはならないと、毎日のように言っていた。
何年も経った今でも、彼らはそのことを忘れてはいないと、私は信じている。
やがて乾期になると、草原の背丈は徐々に縮まり、古株の生徒たちは学校の卒業と同時に道場も卒業していった。そして空手ボーイAとその友達(空手ボーイB)との3人での練習が始まったのである。
第三弾へと続く…。
この記事の英語版はこちら「Karate Boys in Africa – Karate is for self-defense」
他のサプライズな記事もどうぞ