アフリカの空手ボーイズ – 宇宙の可能性
2. 宇宙の可能性
念のため、私は空手ボーイNに聞いてみた。
「われ、誰かにしょーもないこと言われたんとちゃうんけ?」
「いえ、言われていません」
差別を受けたわけではなかった。それでは何故、肌の色を意識するのか疑問に思った。
「ほな、なんでそんなことほざいとるんじゃ?」
「わかりません。でも、そう思うのです」
国外に出たことがなく、他の人種と深く交流したわけでもないのにも拘らず、10代の少年が既にこのような歪曲した考えを持っていた。
イギリスの支配から独立して50年以上経ってもなお、当時の現地人が抱いていた考え方は根強く残っていた。
私は、私から見た空手ボーイズについて少しだけ語ろうと思った。
「お前らみたいな砂利がどないほざいたところで、結局お前らは宇宙やからの」
「僕たちが、宇宙ですか?」
空手ボーイNは、私の言葉を再確認するように聞き返してきた。
「こうゆうことは、何べんも言わせんな」
「わかりません、センセイ」
これまで私は、彼らを好きにならないよう努力してきた。空手の練習で、鬼になりきれなくなるからだ。
言葉にすると、そこに魂が宿る。それを私は避けていた。
「過去に戻って、今を見ろ」
「僕は、混乱してきました」
「そらお前、まだ砂利やからの」
「はい、まだ入浴はしていません」
赤ん坊の頭をそっと撫でるような私の優しい回し蹴りが、空手ボーイNの鼻先をかすめた。
随分と成長した。素直に、そう思った。
アリストテレス曰く、
「教育の根は苦いが、その果実は甘い」
The roots of education are bitter, but the fruit is sweet.
とある。
出会った頃は、なぜ気絶しかけていたのかすら、自分でも分かっていなかった。 それが今では、上半身を軽くそらすだけで、避けられるようにまでになった。
危害を加える前に、わざわざ教えてくれる敵などいない。百獣の王ですら奇襲をかけ、容赦なく急所を狙う。
不意打ちは、生物界において、ごく自然なことなのである。故に、私といるときは常に訓練だと、体に叩き込んだ。
私は話を続けた。
「要するに、お前らみたいな砂利ナスごときの分際で、既に悲観的になれるほど、宇宙は小さくない」
しばらく考えるようなそぶりを見せて、彼は言った。
「わかりません」
私は、感覚でモノを言ってしまうところがある。言葉足らずだと、今でも指摘されることがある。それでも、不思議と全てを理解できてしまう人もいる。
心友、同志、ブラザーなど、彼らの呼び方はそれぞれ異なるが、血のつながっていない兄弟、つまり義兄弟だと私は思っている。
萩原朔太郎いわく、
最も親しき友人というのは、常に兄弟のように退屈である
とある。
義兄弟と言葉を交わす頻度は、年に数回あれば良い方だろう。
中には数年ぶりに再会することもある。それでも、まるでさっきまで一緒にいたかのように会話が始まる。
次にいつ会うかは、話さない。
春に必ず桜が芽吹くように、その時期が来れば必然的に会える。それがたとえ来世であっても、義兄弟との絆は色褪せようがない。
真の友情とは、言葉の数で質を問うものではない。
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