教師が征く 未体験の体験
たくさんの初体験
このシリーズは、アフリカ・ザンビアの農村部にある学校で奮闘したある漢(自称:サムライ熱血教師)の話である。
Unexperienced experiences
未体験の体験。
これが海外生活の醍醐味だと、サムライ熱血教師の彼は思った。
ここアフリカ大陸の奥地では、日没後の停電は、文明の利器を奪う代わりに、なんとも形容し難いほどに美しい星空を与えてくれる。
諸行無常の響きに包まれつつも、1000年後に見上げる青年もまた同じことを考えているのかと、その静寂な空間だけ永遠であってほしかった。
ひたむきに使命に燃える漢ですら、天体望遠鏡を持ってこれば良かったと、悔やませられる程の魅力が広がっていた。
それだけではない。
他にも、幾つか気付いたことがある。
Moon Light
月明かりが意外と明るい。
目が慣れてくると、電灯無しでも外を歩き回れる。
彼のトイレは家の中にはなく、少し離れたとこにあった。
月夜でのそれは開放感に満たされた。
怒涛の日々に「緩急」のアクセントを持つことは、彼がしばらく忘れていたものであった。
精神病は近代になって著しく増加したと言う。
古に生きた人の営みは、それはそれは開放的で、なおかつ穏やかなものであったのだろう。
Candle Light
そして蝋燭の火がまた優しい。
停電が当たり前なザンビア農村地域。ろうそくはトイレットペーパー並みに必需品である。
ろうそくに火をつけない週はなかった。
そろそろ停電かな?と待ち構えていると、本当に停電する。
人は体で停電を覚えることもある。
予め用意しておいたマッチをこすってろうそくに火をつける。
すきま風が火を揺らし、部屋の模様が変化したように見える。
これが中々の風情があって良い。
空気が冷える夜、たった一つの灯火が、不思議と彼の心を温めた。
幾千もの修羅場を潜り抜けてきた侍には、静か過ぎる程に静かな夜は心が和んだ。
気の緩みは命取りである、と思ってきた癖が、まだ抜けきれていなかった。当時はまだ、あらゆる音に敏感だった。
特に近所の同僚の家に強姦が侵入して以降、彼の神経はピリ辛モード全開だった。
あの時、自分が一緒にいれば彼女を守れた。一体何の為に血反吐が出るほどの訓練を耐えてきたのか。
殴打され、変形した同僚の顔が頭から離れず、そんな自責の念に駆られ続けていた。
Little Roommates
次に、害虫。
ザンビアの家は、ブロックにトタン屋根を乗せただけの簡素なもの。虫や爬虫類は容易に侵入できる。
そんな侵入者と一つ屋根の下で共存してみると、害虫が「害」虫でなくなる。
むしろ「外」虫、つまり、単に外から来た虫でしかないことに気付く。
外虫はいつから害虫になったのか。
ゴキブリ、蛙、ヤモリ、蛾、トカゲ、蜘蛛。彼らは別に襲ってこない。害はなかった。
夕暮れ時にチラホラ現れる酔っぱらいの発言の方が遥かに有害である。
家の中にいる虫は殺すもの、という概念が、彼の中から消えた。
Discover Yourself
これら全てのことが、取るに足らないような小さな事が、彼にとっては新鮮だった。
日本では、体験してこなかった未体験である。
剣術は、同じ流派の者とだけ手合せをしていも上達に限界がある。
未知なる流派と交えてこそ、技に磨きがかかる。
今日もまた、サムライ熱血教師の教育という剣術に磨きがかかった。
この先も人生も、まだ見ぬ世界へ踏み込んで行こう、彼はそう考えていた。
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